ベントレー

ベントレー

ベントレーの誕生

ベントレーは、世界でも有数の高級車ブランドとして知られています。
1919年にイギリスで創業されました。
イギリスにはその昔、赤旗法という法律がありました。
蒸気自動車の誕生により、それまで主流だった馬車の需要が減る事を恐れた馬車業者が設定させた法律です。

赤旗法では蒸気自動車は、郊外では時速6.4km、市街では時速3.2kmとかなりゆっくりのスピードで走らなければいけませんでした。
このためイギリスの自動車業界は、他国に大きく出遅れる事になります。

しかし赤旗法は、チャールズ・スチュアート・ロールズの撤廃運動により廃止され、イギリスの人々も自由に車に乗れるようになります。
赤旗法を撤廃させたチャールズ・スチュアート・ロールズは、フランスのドコーウィルを購入し、フレデリック・ヘンリー・ロイスと契約し、ロールスロイスを誕生させました。

ベントレーとロールスロイス

自動車の発展を妨げていた赤旗法が撤廃されてから、イギリスの自動車業界はめざましい発展を遂げます。
後にベントレーの創業者となる、ウォルター・オーウェン・ベントレーは、幼い頃発展していく自動車を見ては目を輝かせていました。
子供の頃から機械に興味を持っていた事もあり、エンジニアとして自動車会社に就職します。
第1次世界大戦の時には、航空エンジンの改良にも関わっていましたが、戦争が終わると、ベントレーモーターズを設立します。

1923年にはベントレーが作った車で、ルマン24時間耐久レースに出場します。
ルマン初出場では5位でしたが、翌年には優勝し、1930年には4連勝という輝かしい成績を残しています。
しかしレース仕様の車は販売しても利益に繋がらず、1931年にはロールスロイスに買収され、レースからも遠ざかります。

その後はロールスロイスの傘下になりますが、高級すぎる車の需要は下がっていきます。
1973年にロールスロイスは、ヴィッカーズに売却され、1998年にはBMWやフォルクスワーゲンの両社で買収騒動が起こります。
結果的にBMWがロールスロイスを、フォルクスワーゲンがベントレーを買収します。
元々優れていたベントレーのクオリティと、フォルクスワーゲンが持つ最新技術のおかげで、現在のベントレーが誕生したのです。

ベントレーの車種

ベントレーは日本でも高級車として知られています。
日本では5種を展開していますが、その中でも有名なのがベントレー・フライングスパーと、ベントレー・コンチネンタルGTです。

ベントレー・フライングスパーは、1957年に誕生しており、エンジンの最高出力は625ps、最大トルク800N・m、6LのW12ツインターボを搭載し、最高速度は時速320kmとなっています。

ベントレー・コンチネンタルGTは、2ドア4シートのクーペです。
最高出力575ps、W12型ツインターボを搭載しており、最高速度は時速318kmとなっています。
超高級車でありながら、実用性が高いのもベントレーの特徴です。